どんな言葉を選ぶのか?

こんにちは!松浦みづほです。
ベランダで育ていている苗が、夏の太陽のつよ〜い日差しにやられて茶色くなってしまっていたんですが、日陰に移して様子を見ていたら、新しい芽がちゃんと出て来ていました。
よかった。
夏の日差しは強力ですね〜!

言葉によって作られた自分は着ぐるみみたいなもの

言葉ってすごく大きな力を持つんだな〜と感じます。
どんな言葉をかけるかで、人を縛ることもできるし、人を自由にすることもできる。

特に、子供の時に親からどんな言葉をかけられていたか?ってすごく大切なポイントになると感じます。

例えば、何かを自分がしたいと行動した時に「それって大丈夫なの?」「ちゃんと出来るの?」なんて不安になるような言葉をかけられていたら、自分が何かをしようとした時に不安になるのは当然だよなと感じますし、
自分の意見を出そうとした時に、「そんなこと言ってるからダメ」「そんなんじゃ全然ダメ」なんて言葉をかけられていたら、自分に対して自信がなくなるのは当然だなと感じます。

そんな言葉をかけられ続けていたら、不安だ…とか、自分ってダメ…と、どうしたってなっていきますよね。

なにか自分の感覚で動こうとした時にダメ出しや不安を入れられてしまうと、自分の感覚を使って動けなくなってしまうんだなって感じます。
そして、自分は自信がないとか、不安でいっぱいという“キャラクター”が作られていってしまうんですよね。

そんな風に見て行くと、今現在の悩みとか、不安とか、自身のなさってもともと自分の個性として持っていたわけではなくて、“言葉”によって作られていった“キャラクター”なんだなというのが見えて来るなと思います。

ひとつひとつその根っこを辿って行くと、ちゃんとそのきっかけになる言葉達がある。

そして、どうしてそんな風にその言葉に囚われてしまうかと言うと、子供にとって親から見捨てられると言うのは、そのまま生死に結びつくようなことだから。
死の恐怖に結びつくようなことだから、縛られてしまうし、苦しいのに手放せないんだなと感じます。

トラウマ治療によって自由になっていくことが出来るのは、やはりその恐怖から解放されて行くからだと思います。
その恐怖に繋がった言葉達が、ただの“言葉”になっていくことで、自分には関係ないものとして扱えるようになっていくんですよね。

それまで言葉によって作られてしまっていた“私というキャラクター”は「着ぐるみ」のようなもの。
着ぐるみを来て生きていたら、それは動きにくいし、疲れるし、苦しいし、うまくいかなくて当然です。

その着ぐるみを脱いで本来の自分の姿に戻ることで、楽に生きて行くことができるんだなと感じます。