自分の魅力を受け入れる

こんにちは!松浦みづほです。
家の近くの道を歩いていたら、突然木の影から飛び出てきたセミに体当たりされてびっくりしました。
まだまだ雨の日もありますが、もう季節は夏になってきているんですね。
でも不意打ちはびっくりするので止めてほしいです。笑

「私にしかない魅力」は自分にしか表現できないもの

以前の私はずっと、自分ではない誰かになりたいと思って生きていたんだな〜と思います。
しかも、「自分ではない何かになりたい」と思っていることすら自覚しないで、そうなれない自分をダメだなって思っていたような気がします。

そのことに気がついたのは、カウンセリングを受けるようになってからだと思います。

人ってその人にしかない素敵なところがあるから、
例えば話すのがとってもうまくたって、
話すのはあんまり得意じゃないけど聞くのが得意だって、
どちらの人も、それぞれの魅力があります。

聞くのが得意な人が、自分の得意なことを活かして、そしてそんな自分を受け入れて、そうだねって誰かの話を聞いていたら、それだけでその人ってとても魅力的な人だなと周りの人は感じるもの。
一緒にいたい人と思い浮かべたときに一番に思い浮かぶのは、その人かもしれません。

同じように、話すのがとっても上手い人がそんな自分を受け入れて、得意なことを活かしていたら、やっぱり魅力的な人だなと周りの人は感じます。
前向きな明るい気分になりたいときに一緒にいたい人は誰かな?と思い浮かべたときに、一番に浮かんでくるのはその人かもしれません。

たくさん話せる、話せないと言う分類は(例えばですが)、それが魅力的かどうか(だから人から好かれるのかどうか)とは関係ないなと感じます。

それぞれが、自分の素敵なところを表現できているから、周りの目にはそれが素敵な所・魅力だと映るんですよね。

ですが、もしそれぞれの魅力を持った人たちが、違う特徴の人を魅力的だと思って、自分の特徴を押し込めていたら、本当の自分を表現している時よりも、魅力は伝わって行きづらいのかもしれないなと感じます。

自分自身も、自分を偽っているのって自分を否定していることになるのですごく苦しいです。

私自身も、自分が周りの人に受け入れられなかったり、仲良くいられないのは自分自身が〇〇だからだとずっと思っていたことがあったのですが、ある時、そうじゃなくてもとても自然体にしていて、それでいて周りの人からとても好かれている人を見て、こうでなければということってないんだなとすごく感じたことがありました。

それから、人前で頑張って笑顔でいたり、頑張ってたくさん話したりするのはやめたのですが、辞めたからといって孤立するかといえばそうではないのがとても興味深かったです。

今までやっていたことを止めるのは、少し勇気のいることではあったのですが、止めてみると、実は他の人は笑顔でいたくない時に頑張って笑顔でいたりしていないんだということが分かりました。笑

その時の状況を思うと、その時の自分はとても「他人軸」になってしまっていたんだろうなと思います。
すべての基準が、自分ではなく「他人」になってしまっていました。

そんな他人に移ってしまった軸が、自分の感覚を取り戻すことで徐々に自分の中に戻ってきたと思います。

自分は自分のままでいい、と今感じられているのは、そんな風に「自分軸」が育ってきているからなんですよね。

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