会話の中でモヤっとする時は、どこかに毒を感じているのかも

こんにちは!松浦みづほです。
目が美しくなる呪文っていいな〜と思って唱えてみたりしています。キラキラしたいですね!笑

この遺伝子コードで思い出したのですが、昔(FAPを受ける前)私は自分の目って濁ってて綺麗じゃないな〜と思っていました。
鏡とかで自分の顔を見る時、目も見たりしますよね?
その時に、自分の目って綺麗じゃないな〜みんなは綺麗な目で羨ましいなって思っていました。

今はそんな風には思わないので不思議なのですが、気持ち悪いな…という感じで思っていて、でもFAPを受け始めてしばらくたって鏡を見た時、あれ?綺麗になってるかも、と思いました。

それまでは、目の色が悪いのかなと思っていたのですが(目の色が悪いのかなと言うのも今となってはなんでそう考えたんだろう?と言う感じでもありますが)、そうではなくてその奥にあるものが、そうやって目を通して映し出されていたのかもしれないですね。

私の心のなかはドロドロしていたのかもな〜。(多分していましたが!)
だけど、そんな風に見え方が変化したのって不思議だなと感じます。

自分のセンサーが、自分を守ってくれている

コミュニケーションのなかの、ちょっとした「?」という感覚って、鋭いな〜!と感じたりします。

メールや、会話の中での、ちょっとしたモヤっとした感覚。
同じような内容のことを話していても、すっきり気持ちよく終わる人もいれば、別れた後もずっとモヤモヤが止まらない人もいる。

それって何が違うんだろう?と思って見ると、言葉の上にはのぼってこない隠された感情があったりするなと感じます。

しかも、その不快感って表面上(言葉)には現れていなかったりするので、自分の気のせいかな?とか、気にしすぎかな?とか、考えすぎだろうか?なんて思ってモヤモヤしてしまったりするのですが、モヤモヤすると言うことは何かがそこにはある!ということなんだなと思ったりします。

私も、先日どうもこの会話をしていると引っかかるな?おかしいな?と感じる出来事があり、なんでだろう〜と思っていたのですが、その相手の方の背景をよくよく伺ってみると、ちょっとしたトラブルがあって、そのストレスをどうも私に八つ当たりしていたようだ…ということがわかりました。笑

でも、そのトラブルのことって表には出していないから、言葉上では分からないようになっていたりします。
だけど、ちょっとした言い回しや、対応によって「私が悪いことをしたのかな?」と感じるようになんとな〜く、なっているんです。
ちょっとすごい。

そして、その微妙なニュアンスによって私も「私が悪かったのな?」と思って落ち込んで行く…という流れが出来上がっていたようでした。

でも、よくよく見て見ると私がどうこうということではなく、しかも私にはどうすることも出来ないことだったので、ただ単にこの怒りを誰かにぶつけたい〜!というだけだったんですよね。

上手だな…と少し関心してしまいつつ、自分のモヤっとしたセンサーってやっぱり大切なんだなと感じました。

相手の問題だと腑に落ちてしまうと、「これはあの人の問題」と相手との境界線をきれいに引くことが出来て、「私自身の感覚」に戻ることができると感じます。
だけど、自分に対する肯定感が低かったり、感覚が敏感だったりすると、相手の問題を自分の問題として引き受けてしまいやすかったりしますよね。

誰かとの会話のなかでモヤ〜っとした時、「本当に自分のせいなのかな?」と一度流れを冷静に見てみると(内省!でもいいのかも)、そうじゃないんだな、これは相手の問題だった、と自分を守れるように行動することができるなと感じました。