「人の気持ちを考える」のではなく「相手を分析する」
こんにちは!松浦みづほです。
昨日ものすごく雷がなっているところを外出してしまっていて、はじめは雨も降っていなかったので大丈夫かな〜と歩いていたんですが、突然激しく雨が降ってきてちょっと焦りました。
どしゃぶりのなか頭の上で雷がなっているのは中々ドキドキします…
「不安」のフィルターが外れていくと
最近なんとな〜く、自分の中の不安とか恐怖の感覚がなくなっていくと、「人の気持ちを考える」から「相手を分析する」って感じに変化していくなと感じています。
「人の気持ちを考える」ということをしていると、自分の頭の中の世界で、自分の感覚というフィルター(自分のトラウマ)を通して相手の気持ちを考えることになってしまいます。
だから、現実の世界でのやりとりではなくなってしまって、こうなのかな?ああなのかな?と頭の中でやりとりをしてしまったり、
相手の問題で相手がその行動をとっているのに自分が悪かったのだろうか?となってしまったりする。
そして想像しているだけなのに、ものすごいエネルギーを使って疲れてしまって現実の世界でやる気が起きない・動けないとなってしまったりします。
「相手を分析する」になっていくと、自分というフィルターを外すことができるので、相手の行動や仕草などから相手の状態を分析することができるって感じになると思います。
そして頭のなかでのやりとりではなくて現実の世界で淡々とやりとりができるようになっていくので、余計な労力を使わなくなって疲れない!となっていく。
それって大嶋先生がブログでも書かれている、主観ではなく客観で見るということかなと感じます。
自分のトラウマフィルターを通さずに見られるようになっていくと、
自然と今まで気になっていたあれこれが気にならない〜となっていきます。
「これはあの人自身の問題で取っている行動だな」なんてことも分かるようになっていきます。
人のことが気にならない!となると、今まで自分がどれだけその事に時間とエネルギーを使っていたかが分かってきて、楽な時間を生きられるようになっていく。
自分のために時間を使えるようになっていくなと感じています。